2004/10/03登録
JR天満駅で下車し、改札を出てすぐにある地図を頼りに歩くと、すぐに目的の「双龍居」は見つかった。
「炸醤麺ください」と注文。
「電話をくれたお客さんだね」
と店主の栗原さんにばれてしまった。
しかし麺が黄色い。
「北京のは白いよね?」。
「そう白くて平べったいです」。
「じゃ、どうしてこういう麺にしてるんですか?」。
「中国に何度も行ってる人は別だけど、このへんの日本人にとって白い麺はうどんだからだめなんです。はじめは白い麺を出していたんだけどね」。
「何で冬メニューなんですか」。
「夏は冷麺を食べてもらいたいからねえ。あらかじめ電話してくれれば北京の麺も作りますよ。言ってもらえば夏でも作ります」。
naoさん訪問時よりも日本化したのかも知れない。次回はいつになるかわからないが、今度は白い麺でとお願いしてから訪問してみるつもりだ。
続いて「食道園」へ。
同社のHPによれば、肉を焼いた後にタレをつけて食べる方法は、ここ大阪の食道園がはじめたとのこと。
HPに掲載されてる開店時の面影は無い。宗右衛門町本店、立派なビルである。
最近読んだ佐々木道雄著「焼肉の文化史」で書いてるように、この食べ方のルーツを大阪食道園だけにも求めるのは無理があるというのは私も同感だが、この店の焼肉を一度は経験しておきたい。
驚いた。やはり実際に食べてみるものである。東京付近で出される甘めのたれではない。しゃぶしゃぶのたれのポン酢に近い。大阪食道園のこのタレが、現在全国の焼肉店に広まったたれの直接のお手本になったわけでなないようだ。
「焼肉の文化史」では、鄭大聲氏が紹介している、直接食べると熱いからすき焼きを生卵に浸けるようにタレで冷やす説を、特に根拠が無いとしているが、盛岡の食道園ではかつて(少なくとも1985年頃は)生卵に付けるが標準の食べ方であった。これはすき焼き参考説を裏付けていると言えまいか。焼肉史は今後の研究に期待したい。
「冷麺は注文を受けてから打ちますから少し時間を頂きます」という冷麺である。麺は蕎麦粉が入っているというが白っぽく、ハルサメのような歯ごたえの麺である。スープはかなりの薄味。上に載るの塩もみのキュウリ、白菜のキムチ、そして梨である。
なにせ大きな店である。あれこれ質問したくても古そうな人がいない。千日前店のほうがよかったな?機会があれば行ってみたい。